2014.12.17 洞窟住居マテーラ(サッシ)へ旅する夫婦のライフスタイル/楽しめる創造と人生を!
アルベロベッロから近く白く廃墟のような世界で唯一といえる独特な景色のマテーラにいきます。
メルギブソン作の映画「The Passion」の撮影現場になったところでもあります。
日本人はまだまだ少なく、かなり狙い目の町ですが、マテーラは昔から陸の孤島と言われていて、行くのが少々難しいです。
バーリまで戻り、そこから私鉄「Ferrovie Appulo Lucane線」に乗り換えます。
1両の列車がまるで遊園地を走る電気列車のようにゴトゴトと小さな体を揺らしながら走るのです。
先日訪問したエルサレムと面影が似た市街地なので撮影の現場になったのだと思います。
世界文化遺産として1993年に登録されています。
NHK世界遺産ライブラリー
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cards145.html
長靴の形をしたイタリア半島のかかとに位置するマテーラ。その峡谷の絶壁には、人が何年もかけて掘った4000を越える洞窟住居群があり、彫刻作品のような町並みを作り出しています。岩壁の掘削には時間と労力を要します。しかし、洞窟住居は何百年も暮らせる経済的で耐久性に富んだ家です。洞窟住居が密集するマテーラには、何世紀にもわたり人の暮らしが折り重なり、独自の文化を育みました。
「シリーズ世界遺産100」では、マテーラの歴史をひもときながら、現在、官民一体となって進められる再開発にスポットを当て、過去、現在、未来と生き続ける世界遺産の町を紹介します。峡谷の岩壁に人が定住し始めたのは8世紀頃。イスラム勢力の迫害から逃れたキリスト教の修道士が、新石器時代から使われていた洞窟に移り住んだのが始まりと言われています。修道士は130もの洞窟の聖堂を掘り、ビザンツ様式のフレスコ画で内部の壁面を飾りました。その後、聖堂の周りに農民が移り住み、町へと発展しました。16世紀には、人口増加に伴い洞窟の入り口に石を積み、建て増す住居が増え、箱形の住居が重なり合う特異な景観の都市へと変化しました。20世紀に入ると、マテーラは時代に取り残され、街は荒廃し、イタリアで最も貧しい街と呼ばれるようになりました。第二次大戦後、イタリア政府が住民を強制的に移住させ、貴重な文化遺産の保護に乗り出しました。1993年世界遺産の登録によって注目され、官と民が共同で再開発を進めています。
洞窟住居サッシを改造した、魅力的なホテルです。白い洞窟の中に美しい調度品が配置され、浴室がとても広い!
南イタリアに位置するマテーラにこのように素晴らしい洞窟ホテルがあるとは思ってもみませんでした。
















