2014.12.11 謎に眠るペトラの遺跡旅する夫婦のライフスタイル/楽しめる創造と人生を!
ペトラとはギリシャ語で岩という意味で、遺跡の多くは岩を掘って造ってあります。
朝の6時に出発して見学に出かけます。
ペトラは紀元前後にアラビア系遊牧民のナバテア王国の首都として、また通商の中継地として繁栄しました。
至る所に小さな遺跡が見えます。内部に石の座席(トリクリウム)があり、ここで葬儀が執り行われていたと思われます。
シークとは狭い岩の裂け目、峡谷のことをいいます。この天然の峡谷は長さ約1.5km、両側の切り立った崖の高さは60~100mにも達します。
まるで左右の岩壁に押しつぶされてしまいそうな圧迫感が感じられるほどです。
1985年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)へ登録されました。
エルハズネはペトラの象徴ともいえる建造物ですが、何に使用されたかは不明です。
2007年に、新・世界七不思議に選出されています。
思いをはせながらエルハズネを目の前に朝食にしました。
近年の調査でエルハズネの地下から成人した男性の骨が発見されました。
手厚く埋葬されていたことからペトラの王の骨ではないかと思われています
エルハズネは王の墓なのかも知れません。
エルハズネの見学後、ペトラ中心部へ向かいました。この道のまわりには、家屋または政府関係の建物として使用された遺跡があります。
ローマ円形劇場の手前にはネクロポリスがあります。
ここには、それほど裕福でない人々のための小さな墓地がたくさん並んでいます。
波打つ模様が特徴です。これら無数の墓地はすべて岩をくりぬいて造られたものです。
ピンクや白、赤、青の岩模様はペトラにある墓の中で最も美しいと思います。
王家の墳墓群です。
アル・フブサ山に刻まれた壮大な4つの墓をまとめて、「王家の墓」と呼びます。
これらの墓が刻まれた岩壁は、「王の壁」とも呼ばれます。
ペトラのローマ円形劇場は、ナバテア人によって西暦1世紀ごろ建造されました。
その後拡大し、ローマ人によって改修され、現在の形になったといわれます。
黄色い砂岩のブロックを積み重ねてできており、外壁は幾何学的な模様で装飾されています。
あたりはペトラ遺跡の中心に位置し、ローマ時代の市街地跡になります。
道の両側には神殿や宮殿、役所、公共浴場、商店街などが並んでいました。
階段は全部で700~800段あるといわれています。
砂漠の岩肌の山に登るのはとても気持ちがいいです。
1時間ほど階段を上り続けます。
ワンちゃん。
遺跡の奥の岩山を約1時間登ったところにあるペトラ遺跡最大の建造物(高さ42m)、エド・ディル(修道院)です。
右の写真ではそれほど大きく見えませんが、実際は左の写真に私が写っています。わかりにくいですが、比較するとどれほど大きいかわかります。
入り口です。廃墟後にカトリックの修道院として利用されていたとのことです。
















































































